生前に作った借金が莫大である場合や、借金をした人が既にご高齢である場合、生前には全額を返済できず、借金を残したまま亡くなることも考えられます。
こうした状況に関して、「死んだら借金がなくなる」という話を聞いたことがあるかもしれません。
しかし、これは実際には正確ではありません。
なぜなら、借金やローンは故人から家族などの相続人に引き継がれてしまうからです。
ですので、事前に対策を講じないと、家族には借金が残されてしまう可能性があるのです。
この記事では、借金が亡くなるケースと、相続人に引き継がれるケースについて詳しく解説し、同時に、事前にできる対策についても紹介しています。
「借金は死んだらチャラ」は本当か?借金が残る仕組みとは?
しばしば、「借金は死んだらチャラになる」と思っておられる方がいるようですが、世の中はそこまで甘くありません。
亡くなった人の借金は、相続と言う形で亡くなった方の家族や兄弟に引き継がれる可能性があるのです。
他にも、保証人が付いている場合、亡くなった人からお金を払ってもらうことはできませんから、保証人に請求が来ます。
一方、家族や兄弟、親戚がいない、保証人もいないという状況であれば、誰も支払う人がいなくなってしまうので、借金はチャラになりそうではあります。
ただし、孫や兄弟の子供(甥、姪)がいると、それらも相続人になる可能性はあり得ます。そのため、自分が知らないところで相続が発生する可能性はあるので注意が必要です。
ひとつずつ詳しく見ていきましょう。
相続人がいる場合、借金は相続される
相続はよく「争続」と言われています。
これは、相続に関する問題が原因で家族や親族の仲が悪くなったり、争いが起こってしまうことがよくあるという意味です。
具体的には、「誰が実家に住み続けるか」というような不動産のトラブルや、遺産分割の割合についての揉め事、遺言書に不満がある場合や、遺産を独占しようとする悪い人がいたり、家族内で財産が不正に使用された疑いがある場合など、さまざまなケースでトラブルが発生するのです。
これらの争いが生じる背景には、価値のある財産があることが原因です。
例えば、現金、預貯金、自動車、不動産、株などです。
これらの財産は、その持ち主が亡くなると、その財産が特定の人に引き継がれることになります。
要するに、プラスの財産があると、それを誰が手に入れるかが相続において争点となり、家族や親族がそれを巡って問題を抱えることがあるということです。
ただし、注意が必要なのは、相続で引き継がれるのはプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も含まれるということです。
民法第896条を見てみましょう。
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
民法896条(相続の一般的効力)(e-gov法令検索より引用)
「一切の権利義務」という言葉の通り、相続は財産だけでなく、関連する権利や義務も引き継がれる仕組みなのです。
つまり、相続人がいる限り、借金も引き継がれてしまうので、借金がチャラになるということはないということです。
保証人・連帯保証人がいる場合、支払い義務は残る
保証人とは、主たる債務者が借金やローンの支払いを出来なくなった場合に、代わりに支払いをすることを保障する人のことです。
特に、住宅ローンや車のローンなどの高額なローンを組む際には、保証人が付いていることが重要な要素になることもありますので、ご家族や友人が車や住宅ローンを組む際に、保証人になるということはよくあります。
生前に主債務者が借金を完済していれば、それに連動して保証債務も解消されます。
では、主債務者が借金を残したまま亡くなった場合は、その人の保証人はどうなるのでしょうかか?
この点、保証人や連帯保証人になっていると、基本的には借金が免除されることはありません。
なぜなら、保証人や連帯保証人は、債権者との契約である「保証契約」を通じて、債務者とは別の契約だからです。
そのため、借金をした人が亡くなっても、保証契約には影響が及ばず、責任が免除されることはありません。
連帯保証人は免責されず、主債務者の法定相続人と一緒に借金の支払いをする必要があります。
相続人や保証人がいないならチャラになる可能性もあるが……
相続人や保証人がいる場合の話をしてきましたが、天涯孤独で借金を受け継ぐ人がいない場合はどうなるのでしょうか?
しばしば「あの世にはお金は持っていけない」と言われます。
「生前にどれほどため込んでもあの世では使えないのだから、生きている間にお金は使いましょう」という訓戒であるとも言われますし、生前にどんなに金持ちだろうが貧乏人だろうが、あの世では平等だという意味だとも言われます。様々な解釈が成り立つでしょう。
特に、借金問題に関しては、「あの世にはお金は持っていけない」というのは真理です。お金を貸した人が亡くなってしまったからと言って、相手を天国や地獄まで追いかけていって、借金の支払いを請求しに行くことはできないのです。
そのため、借金の支払い義務は誰にも生じず、最終的には借金がチャラになったと言えるでしょう。
ただし、自分でも気づかない相続が発生している可能性はあります。
例えば、代襲相続が考えれます。
代襲相続とは、被相続人(亡くなった方)よりも相続できる人達が先に亡くなった場合は、相続人の子供に相続権が移るという仕組みです。
具体的には、被相続人よりも先に、兄弟姉妹が亡くなっていた場合、兄弟姉妹の子ども(被相続人から見た甥や姪)がいる場合、甥や姪が相続人になるのです。
また、過去に結婚していたかどうかも重要です。
離婚後300日以内に子供が生まれていて、かつその子が自分の戸籍に入っている場合、推定嫡出の制度によりその子は元夫の子と見なされます。
さらに、婚外子を認知している場合、認知された子供にも相続権は生じています。
このように、自分でも気づかないような相続が発生している可能性は否定できないのです。
【結論】本人を受け継ぐ人達には借金の請求は行く
ここまでの話をまとめましょう。
(1)相続人がいる場合、借金は相続される
相続で争点となるのはプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの負債も含まれることに留意する必要があります。
民法第896条によれば、相続人は被相続人の財産に属した権利義務を承継するため、借金も引き継がれます。
(2)保証人・連帯保証人がいる場合、支払い義務は残る
主債務者が借金を残したまま亡くなった場合、保証人や連帯保証人には借金の責任が残ります。
保証契約が独立した契約であるため、債務者の死亡に関わらず、連帯保証人は引き続き債務の支払いに責任を負います。
(3)相続人や保証人がいないならチャラになる可能性もあるが…
相続人や保証人がいない場合、借金は最終的には放棄される可能性があります。
ただし、代襲相続や過去の結婚による制度(推定嫡出)により、予想外の相続が発生する可能性があります。
自分でも気づかないうちに相続が進行していることもあります。
つまり、死んだら借金がチャラになるというのは、最後の最後まで相続人や保証人が一人もいなかった場合に限られるということです。
基本的には、死んでも借金はなくならず、むしろ多数の人を巻き込んでしまうリスクがあるということを念頭に置く必要があるでしょう。
故人が借金を残した場合、相続人や保証人に出来ることは?
では、このような相続や保証人の問題に直面してしまったら、どう対処すればいいのでしょうか?
相続が開始した場合,相続人は次の三つのうちのいずれかを選択できます。
- 相続人が被相続人の権利や借金等の義務をすべて受け継ぐ単純承認
- 相続人が被相続人の権利や義務を一切受け継がない相続放棄
- 相続人が相続によって得た財産の限度で被相続人の債務の負担を受け継ぐ限定承認
- 時効援用を行い返済義務を消滅させる
まずは、上記の4つの方法について解説をしていきます。
また、相続人や保証人で取れる対応が異なりますので、①相続人の場合 ②保証人の場合に分けて考えてみましょう。
方法1:単純承認を行う
まず、単純承認を行うことが考えられます。
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
第920条(単純承認の効力)(e-gov法令検索より引用)
第921条(法定単純承認)(e-gov法令検索より引用)
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
これは、相続人が権利や借金等の義務をすべて受け継ぐ方法であり、簡単に言うと「相続を受け入れる」ということです。
なお、相続をするかどうかは、3か月の熟慮期間内に決めなければなりません。相続開始を知って3ヶ月を経過すると、相続を承認したものとみなされることは覚えておきましょう。
また、法律上一定の行為をした場合には、相続をした承認した者とみなされる「法定単純承認」の規定があります。
例えば、亡くなった方の土地や車を勝手に売ったり、お金を引き下ろしたりした場合には単純承認と見なされる可能性があるため、相続を受けない予定の方は注意する必要があります。
方法2:相続を放棄する
最初に、相続を放棄することが考えられます。
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
第939条(相続の放棄の効力)(e-gov法令検索より引用)
第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)(e-gov法令検索より引用)
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
第938条(相続の放棄の方式)(e-gov法令検索より引用)
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない。
相続放棄とは、相続開始から3か月以内に、亡くなった人の権利や責任を一切受け継がないということを、裁判所に申述して放棄を認めてもらう制度です。
故人が借金を残していた場合でも、相続放棄をすることで初めから相続人とならなかったものとみなされます。そのため、借金の返済義務を回避することができるようになるのです。
ただし、相続放棄をする場合は、家や車などのプラスになる財産も全て諦めることになります。
相続放棄をする場合は、「借金は負いたくないが、実家には住み続けたい」「故人の大事にしていた車は残したい」というような要望は通らないということです。
方法3:相続を限定承認する
では、上記のように「借金は負いたくないが、実家には住み続けたい」「故人の大事にしていた車は残したい」というような要望をかなえるためにはどうすれいいのでしょうか?
そのためには、限定承認という方法が考えられます。
限定承認とは、民法第922条で定められた相続の方法です。
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
第922条(限定承認)(e-gov法令検索より引用)
相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。
第923条(共同相続人の限定承認)(e-gov法令検索より引用)
相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。
第924条(限定承認の方式)(e-gov法令検索より引用)
限定承認とは、相続人は、亡くなった人のプラスの財産からマイナスの財産(借金など)を清算し、残った財産を引き継ぐことです。
言い換えると、
- 借金が残っている財産より少ない場合
- 残っている財産を返済に充てることで、相続人自身は借金を引き継がなくてよくなる
- 残っている財産が借金より多い場合
- マイナス財産の清算が終わって、まだプラスの財産が残っている場合はプラスの財産を引き継げる
という柔軟な方法ということです。
相続放棄と違って、プラスの財産が残せるのでいいと思うかもしれません。
ただし、限定承認は相続人全員が家庭裁判所に申し立てを行う必要があります。また、相続を知った時から3ヶ月以内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出するという手続きが複雑で時間がかかる傾向もあります。
そのため、プラスの財産を残して、借金を被るリスクをなくせるいい手続きであるにもかかわらず、あまり利用されていないのが現状です。
方法4:時効援用を行い返済義務を消滅させる
故人が借金を長期間返済していなかった場合、時効援用をすることも考えられます。
借金には時効があり、返済期日または最終返済日から5年または10年以上が経っていて、時効援用の手続きを取ることで時効が成立すると借金の返済責任がなくなります。
ただ、自分の借金ならいざ知らず、個人の借金が何年前に借りているものを正確に知ることは難しいでしょう。
また、生前の故人にお金を貸してくれている良い人に対して、「時効だから借金は払わない」と突っぱねるというのは多少心苦しいかもしれません。
しかし、そのような場合でも、一度「借金があるならお金は支払う」と約束をしてしまったら、時効はゼロから再開になってしまいます。
このような、本来支払わなくてもいい借金を有効化させてしまうリスクを負う可能性があることを考えると、時効援用を行う場合、自分で行うよりも、弁護士や司法書士に相談をした方が良いと言えるでしょう。
時効の詳細については、当サイトの記事「借金の時効とは?時効援用で借金を消滅させる方法を解説」をご参照ください。
保証人はどうすればいい?
保証人の場合、相続放棄や限定承認と言った方法を使うことが出来ません。
そのため、保証債務の履行を避けるのは難しいと言えるでしょう。
また、時効援用をすることも考えられますが、時効援用は5~10年の時間がかかりますし、確実にできるものではありません。
そのため、保証債務がどうしても支払えない場合には、債務整理を検討する方がよいと言えるでしょう。
債務整理には、任意整理、個人再生、自己破産という3つの手続きがありますが、これらを利用することで、返済を容易にすることが出来る場合があります。
詳しくは、他の記事を読んで頂けますと幸いです。
借金は死んでもなくならない!生前にしておくべき対策とは?
【対策①】事前に相続人や保証人と話しておく
すでにお伝えしました通り、相続人や保証人には借金が引き継がれる可能性があります。
そのため、借金がある場合、なくなるより前に相続人や保証人と話しておくことが重要です。
財産があるかないか、遺産分割をどうするか、借金があるかなどが明確になっていれば、相続人の場合は、相続放棄や限定承認などの戦略が立てやすく、遺産分割協議などでもめるリスクを最小化することが出来る場合があります。
また、保証人にとっても、事前に心構えが出来ているという状態を作れるので、有効だと言えるでしょう。
【対策②】遺言書や財産目録を書いておく
家族や親族であっても、他人の財産の状態を知ることは難しいものです。
だからこそ、亡くなる前には遺言書や財産目録を作っておくと、遺産の相続や借金の問題を解決するのに役立つことがあります。
遺言書は、亡くなった人が法律で定められた相続の割り当てとは異なる相続の方法を希望する場合に作成されます。
例えば、感謝の気持ちを伝えたい人への贈り物や、孫に財産を残したいときなどです。
財産目録は、被相続人の相続財産の種類や量を一覧にまとめた文書です。
プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も含めて全てをリストアップするため、相続方法や遺産分割の協議を進める上での参考資料となります。
これらを事前に用意しておくと、相続人にとってもメリットがあります。
具体的には、総財産が明確になり、相続税対策がしやすくなり、遺産分割の協議が円滑に進む可能性が高まります。
【対策③】生きている間に借金問題を解決する
相続や保証人への請求は、借金がある人が亡くなったときに発生する問題です。
だからこそ、亡くなった後のことを考えると、生きているうちに借金問題を解決しておくことが理想的です。
具体的には、人生の終わりに向けて、自分の身の回りの「物」や「財産」を整理する「生前整理」という方法を利用することが考えられます。
生前整理をしておけば、亡くなった後に遺族が財産を整理、処分する必要が少なくなり、思い出の品や大切な財産を確実に受け継いでもらえるメリットがあります。
遺族の負担が軽減され、大切な財産を引き継げるだけでなく、相続トラブルを未然に防ぐことができ、自分自身もすっきりとした気持ちで人生の最後に向き合うことができるでしょう。
【対策④】債務整理を行う
しかし、多額の借金が残っている場合、生きている間に借金問題を解決するのは難しいことがあります。
そのような場合、債務整理を考えることが重要です。
前述したように、保証人になる場合も債務整理は有効な手段となります。
例えば、自己破産という手続きを選ぶと、手元の資産を売却、換価して清算し終えれば、借金の支払いが免除されることがあります。
また、住宅を所有している場合は、個人再生と呼ばれる借金を減額して返済する方法も考えられます。
いずれにしても、借金問題を解決するためには、有効な手段となるでしょう。
対策方法が分からないなら弁護士・司法書士に相談しよう
これまで、生前にできる対策についていくつか説明しました。
最後に、死後の借金について話しましょう。
確かに、借金をした人が亡くなると、天国や地獄に借金取りが現れることはありません。
その意味では、借金をした人にとっては問題が解決したとも言えるでしょう。
しかし、生前に残した借金は、家族や親族、保証人に引き継がれる可能性があり、これらの人たちにとっては問題が残ります。
このような心配事を抱えながら人生の最後を迎えるのは辛いことかもしれません。
「終わり良ければ総て良し」と言いますが、亡くなる直前まで素晴らしい人間関係を築いていても、最後の最後に借金を残してしまえば、家族や親族、保証人からの印象はガラリと変わってしまうでしょう。
また、生前の借金を押し付けた家族に対して、お盆に精霊馬に乗ってあの世から帰ってきて、謝罪や申し開きをすることも、たぶんできません。
そのため、人生の最後を良い形で迎えるためには、生前のうちに借金問題を解決し、または、亡くなる前に解決のための道筋を示しておくことが大切です。
ただし、どの対策が自分に合っているかは、一般の方には判断が難しいかもしれません。
そのため、借金問題の専門家である弁護士や司法書士に相談することが非常に有益です。
特に、借金問題に詳しい専門家は、生前の債務整理について深い知識を持っており、適切な解決策を提案してくれるでしょう。