債務整理

これをすると相続放棄ができない?相続放棄の際にやってはいけないことは?

故人の相続を承認すると、故人が持っていたお金や財産だけでなく、借金や負債も全部引き継ぐことになります。

つまり、相続を受けると、すべての権利と責任が自分に移るということです(民法第920条)。

そのため、相続放棄するかどうか考えているなら、うっかりして故人の相続を承認しないように気をつけないといけません。

本記事では、相続放棄するとどうなるのか、どのような行為が相続の承認となるのか具体的な例も交えて説明しています。

相続放棄ってどんな手続き?

相続放棄とは、相続人が故人の権利や義務の一切を引き継がないことを裁判所に認めてもらう手続きことです。

相続放棄が選ばれる主な理由は次の通りです。

・借金が多すぎる場合

・親しい関係がなく、相続を受けたくない場合

・相続人の中で一部だけが遺産を受けたい場合

特に、故人に借金が残っていたり、財産が少なくて相続をしてしまうとむしろ損をする場合に、相続放棄を考えることが多いと言われています。

相続放棄を考えているなら、相続が始まったことを知ったら、知ったときから3カ月の間に相続放棄の手続きを開始し、被相続人の住んでいた場所を管轄する家庭裁判所に、相続放棄の手続きをする書類(申述書や住民票など)を提出し、受理される必要があります。

相続放棄できなくなる可能性があるケース

では、相続放棄ができなくなる可能性がある状況について、簡単に説明しましょう。

相続放棄が難しくなる可能性があるのは、故人の財産や負債を引き継ぐと認める「単純承認」と呼ばれる行為をしている場合です。

民法によれば、「単純承認をした場合、被相続人の権利義務を無制限に引き継ぐ」と規定されているため、その後に相続を放棄することはできません。

単純承認に該当するかどうかは、具体的なケースや裁判所の判断によって変わることがありますが、大まかに3つのポイントを紹介します。

(1)相続財産の処分行為

相続放棄を検討している場合、故人の財産を何かしらの形で「処分」することは許されません。

これを行うと、相続する意思があると見なされ、相続放棄ができなくなります(法定単純承認、民法第921条第1号)。

法律を知らなくても処分行為をしてしまった場合も同様ですが、葬儀費用など一部の処分は許されています。

(2)相続放棄の期間を経過したこと

民法によれば、相続の放棄は故人が亡くなってから3か月以内に行わなければなりません(民法第921条第2号)。

これが通称される「3か月ルール」です。

この期間を過ぎると、相続人が相続を承認したものと見なされます。

(3)相続財産の隠匿・消費

相続放棄が認められた後であっても、相続財産の存在を隠したり、相続放棄したにもかかわらず財産を使ったりすると、財産を相続する意思があると見なされ、相続放棄は無効になります(民法第921条第3号)。

上記のように、相続財産を「処分」することで相続放棄ができなくなります。

相続の手続きで気をつけることの具体例

ここまで、大まかに単純承認に関わる民法の規定を見てきました。

ただ、これだけでは「どの行為が処分と見なされるのか」というのは、一般の方には理解しずらいかもしれません。

実際に、相続に関する相談では、「どの行動が単純承認に繋がるのか?」や「これを行ったら相続放棄ができなくなるのか?」といった質問がよく寄せられます。

そこで、ここからはどのような行為が単純承認に当たる可能性があるかを、具体的な事例に基づき解説していきます。

(1)借金や税金の支払い

最初に考えるべきは、故人の借金や税金の返済をしてしまうケースです。

特に、故人と親しい関係にあった人から「借金を返してくれ」との要望がある場合や、税金の滞納が発覚するケースで、は、生前の故人を良くしてもらったという感謝の気持ちや故人が税金を滞納していたことに対する気まずさから、善意で被相続人の預金を債務支払いに充ててしまうことがあるようです。

しかしながら、このような借金返済は故人の財産を「処分」したと見なされ、単純承認とされる可能性があります。

相続では、故人から得た利益だけでなく、借金返済という負の財産も含めて「処分」に該当するためです。

従って、相続放棄を検討する際には、被相続人の借金や税金には一切支払わないように留意することが非常に重要です。

(2) 被相続人の預貯金を引き出したり、口座名義を変更すること

次は、故人の預貯金口座についてです。

答えは単純で、故人の預金を引き出すことや解約することは、「処分」とみなされる可能性があります。

亡くなった人の名前である預金を引き出す行為は、相続財産を処分したと見なされ、相続を放棄できなくなることがあります。

また、預金の解約手続きには、銀行が指定する書類にサインする必要がありますが、これをすることで相続人であることが確認されるということになりかねません。

ですので、故人の預金口座には触れず、そのままにしておくことが無難です。

なお、謝ってもし個人の預金を引き出してしまった場合であっても、まだそのお金を使っていないなら「処分」とは見なされないこともあります。

ただし、たとえ一部でも使ってしまうと「処分」とみなされる可能性があるため、引き出したお金は再び亡くなった人の口座に戻すか、すでに凍結されて口座に入金できない場合は別に管理するようにし、亡くなった人のお金に触れないように気をつけましょう。

(3)入院費の支払い

病院に入ると、お金がかかることがよくあります。

そのため、相続放棄を考える際には、故人が利用した入院費を支払うべきかどうか迷うことがあります。

このような個人の入院費を、相続人の遺した現金や預貯金から支払うことが「処分」とみなされるかについて意見が分かれています。

一般的に、支払期限が来ている入院費の支払は財産全体の現状維持と見なされ、処分行為にはあたらないとされています。

ただし、入院費であっても、支払期限が到来していない場合があり、このような場合にまで相続財産で支払いをしてしまうと、「処分」と見なされ、相続放棄が難しくなる可能性があります。

このように、入院費用の支払いが処分となるかは、ケースバイケースであるといえるでしょう。

そのため、故人の入院費用であっても遺産からの支払いは避け、そのままにしておくことが賢明です。

なお、借金の支払いと同様に、相続財産ではなく相続人自身の財産から支払いを行う場合は、相続財産を処分しているわけではないため、相続放棄が問題なく行えます。

また、相続人が、故人の入院費の保証人になっている場合は、相続放棄をしても支払わなければならないことがあります。

「保証人になることは、入院費用の支払いを相続人とは独立して保証している」ことを意味し、相続放棄をしても保証人としての責任が残るため、入院費用の支払いが必要となるためです。

(4)実家の処分に関わる行為

たとえば、故人が住んでいた実家が空き家になってしまい、維持管理を続けることが難しいために相続放棄を考える場合、実家を解体または売却することはできるのでしょうか?

結論から言えば、これは、「処分」に当たる行為と評価され、相続放棄が認められなくなる可能性があります。

そのため、相続放棄をするのであれば、たとえ、実家が老朽化しており、建物を撤去したいと考えても、避けるべきでしょう。

ただし、「処分行為」ではなく相続財産の「保存行為」であれば、相続放棄の前に実施しても問題ありません。

ここで言う「保存行為」とは、財産の現状を維持するために必要な行為を指し、例えば、キッチンや水道管が悪くなっているのであれば、それを修理をしたりすることは問題がないということです。

また、利用しないと家は悪くなることがあるため、短期間の間、故人の生前の家に住むことなども、認められる可能性はあります。

(5)賃貸住宅は注意が必要なポイントが多い 

亡くなった方が賃貸物件のマンションやアパートに居住していた場合、大家や管理会社からは、故人が使用していた部屋の片付けや賃貸借契約の解約のために手続きをすることを依頼されることがあります。

時には清掃費や未払いの家賃が請求されることもあります。

これに関連して、相続放棄との関連で問題が生じ、賃貸物件の処分について疑問が生じることがあるでしょう。

少し長くなりますが、本項では、「賃貸契約の解約」「滞納家賃」「遺品整理」「敷金の取扱」について解説します。

・賃貸契約の解約

相続放棄をするのであれば、アパートの契約を解除してはいけません。

賃借権とはアパートを借りる権利であり、これは法律上の権利です。

法律上の権利は抽象的で理解しにくいものですが、これも故人の遺産に含まれます。

そのため、賃貸契約を解消すると、被相続人の「賃借権」がなくなり、これは遺産の処分行為と見なされ、単純承認に該当する可能性があります。

・滞納家賃の処理

次に、故人が生前に部屋の家賃を滞納していた場合、それを支払わなければならないか、それが「処分」と考えられて単純承認に繋がる可能性があるでしょうか。

これについては、相続放棄するに際して、滞納した家賃を支払う必要はありません。

賃貸物件の家主が相続人に支払いを求めていても、相続放棄をする限り、故人が残した未払いの借金や負債を相続人が返済する法的な義務は生じません。

そのため、滞納した家賃の支払いは不要となります。

この点、「大家さんに言われて、ついついもしも支払ってしまった」というケースも考えられます。

この場合、それが単純承認と見なされるかについては意見が分かれますが、未払い賃料の支払いは、故人の未払い債務を解消する行為に過ぎず、「法定単純承認」には該当しないと考えられます。

また、家賃の滞納が続けば賃貸契約が解除される可能性があるため、家賃の支払いは賃貸借権を守る「保存行為」とも見なせます。

したがって、未払い賃料を支払ったからといって必ずしも単純承認とみなされるわけではありません。

それでも、処分と見なされるリスクが完全にないわけではないので、相続放棄を検討する場合は、大家や管理会社に相続放棄の通知をし、支払いを避けるのが安全です。

・遺品整理(家具や家電など)

被相続人が生前に単身で賃貸物件に住んでいたのであれば、相続人や家族が部屋の片付けやゴミ処理が必要になる場合があります。

一般的な部屋の後片付けやゴミ処理は、処分に当たることはなく、問題は発生しないことがほとんどです。

ただし、経済的な価値のあるものを処分すると、法定の単純承認の要件である「処分」に該当する可能性があるため、遺品や家具、家電製品の取り扱いには注意が必要です。

これらの場合に対処するために、相続放棄を検討しているのであれば、賃貸物件の大家さんに「相続放棄すること」を伝え、大家さんに対応をお願いするのが良いでしょう。

大家さんに通知をすると、家具を保管をしておいてくれたり、大家さんの方で撤去をしてくれます。

また、この際にかかった費用は、大家に差し入れている敷金から捻出されたり、賃貸契約の連帯保証人がいるなら、その人に撤去費用を請求することで、問題が解決されることとなります。

・アパートの敷金に関する取り決め

敷金は、新しい賃貸契約を不動産業者を介して行う際に契約者が支払う費用の一部であり、借主(賃借人)が貸主(賃貸人)に対して支払う債務を担保するための金額です。

敷金は、家賃の滞納や退去時の清算に使用され、余剰分は相続人に返還され、不足分があれば相続人に請求されます。

しかし、敷金が発生した場合、相続人がこれを受け取ることは慎重に考える必要があります。

なぜなら、敷金の受け取りは「処分」と見なされる可能性があるからです。

相続放棄を計画している場合は、敷金の返還を受け取らないようにするべきです。

逆に、不足分が請求された場合は、滞納家賃と同様に支払わない方が無難です。

もし支払いが不可避な場合は、相続財産からではなく、自己の資金を使用して支払うことで、「処分」のリスクを回避できます。

(6)車の処分にも注意が必要

売却する価値のある車の場合、他の遺産や財産と同様に、勝手に処分したり、利用する行為をすれば、単純承認になるリスクがあります。

従って、対応は慎重に行うべきです。

・車に売却価値がない場合

価値のない車については、20年以上経過しており、または走行距離が長いなどでその価値がほとんどない場合、廃車しても問題ありません。

ただし、軽率に廃車手続きを進めることは避けるべきで、大きな債務を引き継ぐことを望まない場合は、複数の買取業者に見積もりを出し、客観的な価値を把握しておくことが重要です。

・ローン残債がある場合

相続放棄は財産だけでなく債務も引き継がない手続きです。

債務が財産の価値を上回る場合、相続放棄により債務の返済義務は相続人に及びません。

ただし、販売会社経由のローンの場合はやや複雑で、ローン完済まで自動車の名義が販売会社にあるため、支払いを怠ると販売会社が車を引き揚げます。

そのため、一見すると処分に当たりそうにも思えますが、車は被相続人の所有権ではないため、「処分行為」とはされません。

相続人は、安心して販売会社に車を引き揚げてもらえばよいのです。

・価値のある車の場合は処分しない方が良い

価値のある車の場合は他の財産と同様売却や使用など処分行為は「相続財産の処分」に該当します。

これらの行為は単純承認と見なされる可能性があります。

一方で、資産価値の減少や維持費負担を避けるためにやむを得ず売却し、その代金を保管する場合は、「相続財産の処分」には当たらず、「相続財産の保存行為」に該当します。

この際には、売却した代金は他の債務の弁済に使ったりせず、相続財産として保管しなければなりません。

また、売却時の資料を保管しておきましょう。

(7)被相続人が貸していたお金の請求

被相続人が誰かにお金を貸している場合、これを取り立てる行為は単純承認に含まれるのでしょうか?

これについては、貸し借りの関係にある相手に対して、返済を求めたり請求したりする行為は、基本的には処分行為には該当せず、相続財産の価値減少を防ぐ「保存行為」とみなされる可能性が高いと言えるでしょう。

例えば、時効が近い債権は、そのまま放っておくと返済しなくても良い状態になってしまいます。

この時効をリセットするために必要な行為(督促を行う、借金があることを認めさせる、訴訟を起こして返済を求めるなど)は、相続財産の価値減少を防ぐことに繋がるため、認められる可能性が高いのです。

(8)公共料金、携帯電話の支払い・解約・名義変更

故人の利用していた公共料金、携帯電話の支払や解約などについても、相続放棄をするのであれば支払いをする必要はありません。

これらの支払いをすることは「処分」となる可能性があるからです。

ただし、故人の配偶者は、婚姻生活で発生する支出(「日常家事債務」といいます)については、夫婦が連帯して支払う義務があります。

ただし、これが適用されるのは日常家事債務に限ります。

そのため、たとえ相続放棄しても配偶者は引き続き支払い責任を負います。

「日常家事債務」に分類されるものには、例えば、食料品の購入費やガス・水道・電気の利用料金が挙げられます。

これらを故人の財産から支出することは、処分行為とみなされる可能性があることから、注意が必要です。

なお、配偶者以外の相続人に関しては、日常家事債務を連帯するべき義務がありません。

そのため、原則通り、故人の支払いを肩代わりする必要はありません。

相続放棄できるか迷ったら専門家に相談を

この記事では、相続の承認に関連する可能性のある行動について、詳細な実例を挙げて解説しました。

相続放棄を考える際には、以下の3つの基本的な考え方が重要です。

✅相続放棄の可能性がある場合、遺産については何もせずに様子を見る。

✅故人の債務であっても、預貯金や現金、遺産からの支払いは避ける

✅支払いを行う場合でも、相続人自身のポケットマネーから支払い、記録を残すようにする

これらのポイントに留意して行動することで、単純承認に関連するリスクを最小限に抑えることができます。

しかし、最も重要なのは、「相続放棄が可能か」「行動が承認行為に該当しないか」に迷った場合は、専門家に相談することです。

相続放棄はほとんどの人にとって一生に一度の出来事であり、この選択の誤りによって、多額の借金を相続してしまう可能性もあります。

そのため、自己判断せずに、弁護士や司法書士などの法律の専門家に相談し、依頼することで、相続に関する問題を回避することが不可欠です。

  • 記事監修者
  • 弁護士 近藤 裕之
  • 翔躍法律事務所 所属
  • 第一東京弁護士会 所属
  • ※法律問題に関するテキスト監修に限る