債務整理を行うと、戸籍や運転免許証などの身分証明書に債務整理の履歴が記載されると誤解されることがあります。
確かに、自己破産手続きを行うと身分証明書に影響が及ぶことはありますが、ここで言う「身分証明書」とは、主に成年後見の認定や自己破産手続きの実施など、法的な身分や状況を証明する書類を指します。
一方、運転免許証や戸籍、パスポートなどの「本人確認書類」は、完全に異なる種類の文書であることに注意する必要があります。
この記事では、債務整理が異なる手続きに与える影響と、一般的な誤解について詳細に説明します。
身分証明書とはどんな書類?に影響が出るのはどんな時?
身分証明書とは市町村の発行する証明書
「身分証明書」という言葉は、通常、商品の購入、契約締結、銀行口座開設など、本人確認のために提出する書類を指すかもしれません。
一般の方が思いつくのは、運転免許証、マイナンバーカード、住民基本台帳カード、健康保険証などでしょう。
しかし、これらの文書は法的には「本人確認書類」として分類され、実際の身分証明書とは異なります。
では、「身分証明書」とは具体的にどのようなものでしょうか?
身分証明書は、市区町村で発行され、禁治産・準禁治産の有無、成年後見の有無、自己破産の有無などを証明するための書類です。
このように、「身分証明書」は、法的な身分や制約に関する情報を提供する文書であり、一般的な本人確認書類とは異なることに注意が必要です。
身分証明書に影響が出るのは自己破産の時のみ
債務整理には主に「任意整理」「個人再生」「自己破産」という3つの手続きが利用されますが、この中で身分証明書に影響を及ぼすのは自己破産のみです。
身分証明書には以下の情報が記載されます。
①自己破産の宣告又は自己破産手続開始の決定の通知を受けていないこと
②禁治産又は準禁治産の宣告の通知を受けていないこと
③後見の登記の通知を受けていないこと
自己破産手続き中の場合、「自己破産の宣告又は自己破産手続開始の決定の通知を受けていないこと」の記載が身分証明書から抹消(削除)されるため、これは自己破産の際にのみ適用される対応です。
つまり、身分証明書に影響を及ぼすのは自己破産のみです。
身分証明書に影響が出る期間は自己破産開始~手続き終了まで
それでは、「身分証明書」に影響を及ぼす期間はどれくらいなのでしょうか?
一般的な自己破産の流れ
自己破産の手続きを行う場合、通常、弁護士や司法書士に依頼して必要な書類や資料の作成と準備を行います。
必要な準備が整ったら、裁判所に自己破産の申し立てを行い、裁判所で手続きが開始されます。
その後、裁判所は財産の有無や免責不許可事由を考慮し、手続きの進行方法を決定します。
手続きには、財産や資産がない場合や、詳細な調査が不要と判断された場合に選択される「同時廃止事件」と、詳細な調査が必要であったり、財産の売却や換価、清算が必要な「管財事件」があります。
上記の手続きが完了すると、裁判所は免責許可を出して、債務者はその後、借金の返済が不要となります。
影響が出るタイミング
自己破産を弁護士に依頼した、すぐに影響が現れるわけではありません。
通常、弁護士による自己破産の依頼から、裁判所に申し立てを行うまで、数か月の準備期間がかかります。
身分証明書における自己破産の影響は、自己破産の申立書類を提出し、裁判所が自己破産手続きを開始することを決定したときから始まります。
身分証明書の記載の回復は「免責許可確定時」
身分証明書の記載の削除は、「免責許可確定」時に回復します。
免責許可決定とは、法的にすべての債務の返済義務が除かれる裁判所の許可であり、特定の例外を除いて、書面が発行されます。
その書面の日付から約1か月後に免責許可が確定します。
通常の裁判所では、自己破産の申立てから3~4か月で免責許可確定=復権することが多いです。
ただし、不動産などの大きな資産を持つ場合や、ギャンブルなどの免責許可が難しい場合には管財事件となり、免責許可確定までにかなりの時間がかかることもあります。
自己破産に関する公的制度や身分証明書についてのよくある誤解
身分証明書は、一般的に市町村が発行する証明書で、個人の身分を証明するために使用されます。
しかし、身分証明書に影響が出るのは自己破産の際のみです。
自己破産手続きが開始されてから手続きが終了するまでの期間に限られ、この期間中に身分証明書の記載が一時的に削除されることがあります。
ただし、一般的な債務整理や個人再生の場合は、身分証明書に影響が及ぶことはありません。
では、自己破産が実際には、身分証明書や公的制度の利用について、どのような影響を与えるのでしょうか。
具体的には
✅信用情報に登録されるため、借り入れが出来なくなる
✅自己破産手続き中は資格制限、職業制限がされるため、就けない職業がある
✅管財事件になった場合は、長期の旅行や出張などをするのに裁判所の許可を得る必要がある
✅官報により、自己破産手続き中であることを広告される
などが、自己破産手続き中の代表的な制約と言えます。
逆に言うと、上記のような制約は、勘違いや誤解であることが多いと言えます。
ここからは、自己破産に関する公的制度や身分証明書についてのよくある誤解について、解説していきます。
身分証明書が就職に必要になることはあまりない
すでに述べた通り、自己破産の手続中、身分証明書からは「自己破産の宣告又は自己破産手続開始の決定の通知を受けていないこと」の記載が抹消されます。
そのため、身分証明書を見られると、自己破産中であることは知られてしまいます。
そして、身分証明書が利用されるケースとしては、自己破産に関する資格、就業の制限がある業種に就職する際に提出することが考えられます。
例えば、警備員や銀行員、士業の事務所への就職の際に、提出が求められることがあると言っていいでしょう。
ただし、本人確認などは、本人確認書類(住民票や免許証等)で行えば十分であることがほとんどで、就職に際して、身分証明書の提出が求められるのはレアケースで、たとえ金融機関や警備員と言った職業であってもあまりないようです。
破産者名簿に名前が載る?
自己破産の際に身分証明書の記載から、自己破産手続き中であることが分かるということは既にお話した通りですが、もう一つ、自己破産の情報が管理、記載される書類があります。
それが、市町村の破産者名簿です。
各市区町村の役場では、「破産者名簿」と呼ばれるリストを作成し、管理しています。
この名簿は、自己破産者の居住地に関連しており、自己破産手続き中の個人や免責許可が得られなかった個人の情報が含まれています。
ただ、実際のところ、破産者名簿に記載されるのは、自己破産手続きに失敗した個人のみです。
自己破産手続き中の個人の情報はほとんどの場合は記載されません。
また、破産者名簿の記載も、身分証明書と同様に、免責許可が確定すると情報が削除されます。
さらに重要な点として、破産者名簿は身分証明書と同様に、第三者に勝手に公開されることはないため、破産者名簿から情報が漏洩する可能性はほぼありません。
運転免許証や戸籍には記載されない
では、身分証明書、破産者名簿以外に、自己破産手続き中であるということや自己破産を経験したということが公的書類には記載されないのでしょうか?
例えば、住民票、戸籍、運転免許証、マイナンバーカード、住基カードなどが考えられますが、これらのいずれにも、自己破産の記録は残りません。
なお、本人確認書類として「顔写真付きの公的書類」や「顔写真のない公的書類(複数の提示を求められる場合あり)」の提出を求められることがありますが、上記の公的書類であれば、問題なく本人確認書類とすることが出来ます。
したがって、自己破産を経験したことや、自己破産の手続中であることを、本人確認書類から知られることはあり得ないと言えます。
自己破産をしても家族の戸籍や住民票、身分証明書等に影響はない
ご自身が自己破産を経験したり、家族に自己破産の経験者や手続中の人がいる場合であっても、戸籍や住民票、身分証明書等に影響が出ることはありません。
上記の、本人確認書類に使えるような公的書類には、そもそも自己破産の記録は載りませんし、家族であっても自己破産の影響により、身分証明書の自己破産に関する記載を抹消されることはありません。
ただし、自己破産の手続きに際して、同居家族の協力が必要になり、事実上の影響はありえます。
たとえば、収入の証明を要する場合があり、自己破産の手続きをする債務者は、会社から貰った給与明細(数か月分)等を同居している家族に提供してもらう必要があります。
このように、申し立てに必要な書類や資料を集めるために、事実上、家族に影響があることは起こりえます。
結婚にも影響はなく、配偶者に知られることもほとんどない
自己破産をしても、結婚には何の制約もありません。
自己破産の影響は、借金をしたり、借金を受けたり、契約を保証したりした人に関係します。
これらに当てはまらない限り、自己破産が結婚に何らかの影響を及ぼすことはありません。
ただし、いくつかのリスクには留意が必要です。
まず、既婚者が自己破産を考えている場合です。この場合、家族の戸籍、住民票、身分証明書などの申し立てや書類作成において、配偶者の協力が必要な場合があります。
また、自己破産は信用情報に影響を及ぼします。
したがって、クレジットカードやローンに関する制約、保証人になれないこと、一時的に仕事が難しくなる可能性があります。
直接的なリスクはありませんが、相手の名義でのローンや共同名義での家の購入に関しては慎重に検討する必要があります。
選挙権は失わない
時折聞く誤解の一つは、「自己破産をすると選挙権が剥奪される」というものです。
この誤解は、特に高齢の方々の間でよく見られます。
かつては成年被後見人に選挙権が制限される時代があり、これが自己破産者と混同されて誤解が生まれた可能性も指摘されています。
しかし、現在の法律ではこのような制限は存在しません。
選挙権は公職において収賄事件を犯したり、選挙関連の犯罪を犯したり、刑務所で服役中の場合など、極めて例外的なケースを除いては制限されないのです。
もちろん、自己破産者も、選挙権は制限されません。
自己破産は借金問題に対処し、新たなスタートを切るための手続きであり、公民権や政治参加権を剥奪するものではありません。
選挙権は憲法で保障される重大な権利であり、国や地方政府の政治に参加するための権利であることから、自己破産によってはく奪されるものではないのです。
また、選挙に出馬する権利も自己破産による制約はありません。そのため、自己破産者が政治家として選挙に出馬することも可能です。
年金や生活保護を受給できなくなることもない
年金は公的年金と私的年金に分かれます。
公的年金は国や厚生年金などが提供するもので、通常は自己破産の影響を受けません。
一方、私的年金は勤務先の企業年金や個人で契約したもので、原則として個人で契約した「個人年金」以外の年金は受け取ることができます。
また、自己破産経験は生活保護申請においてマイナス要因ではありません。
生活保護の受給要件には、自己破産経験が含まれておらず、以下の4つの要件を満たす必要があります。
✅資産を持っていないこと
✅能力に応じて働くことができないこと
✅あらゆるものを活用していること
✅扶養義務者からの扶養がないこと
むしろ、自己破産者は収入が少なく生活が困難な場合が多いため、生活保護の受給は積極的に検討した方が良いケースも多く見受けられます。
まとめ
身分証明書は市町村から発行される証明書で、自己破産時にのみ影響を受けます。
自己破産の期間は破産開始から手続き終了までです。
また、身分証明書や公的な制度の利用に関しては、
✅身分証明書は就職に必要である。
✅自己破産の手続中は破産者名簿に名前が載るが、手続きが完了すれば抹消される
✅運転免許証や戸籍には破産情報は記載されない。
✅破産しても家族の戸籍や住民票には影響を及ぼさない。
✅結婚には自己破産が影響しない。
✅選挙権は破産によって失われない。
✅年金や生活保護の受給には制約が生じない。
といった点に関しては、誤解や勘違いが多いため、認識を改めるべきでしょう。
以上のように、身分証明書や破産による公的制度の利用に対して、自己破産が制約や影響を及ぼすことは稀だと言えます。
そもそも自己破産は、個人の経済再建をサポートする手続きであることから、その他の社会的な権利や制度には大きな影響を与えません。
ただし、自己破産の手続には一定程度の制約があります。
そのため、具体的な状況に応じて、弁護士や司法書士のアドバイスを受けることが有益になります。